オタチのチタオ

ワイオタチ 昨日の夜は ソーナンス

ラブライブ!スーパースター!!第7話「決戦!生徒会長選」における3つの不満点について

タイトルの通り批判的な意見です。

 

7話の決戦!生徒会長選、リアタイで観たときからまあまあ不満はあったのですが、先ほどWeb配信を改めて観返してやっぱりちょっと納得いかなかったので文字にしておく。

 

結ヶ丘女子高等学校、開校初年度から廃校の危機

1つ目がこれ。

アニガサキの感想記事を書いた際に、「シリーズ特有の大胆さや大味さ、ぶっ飛び具合」なんて表現をしたりもしたが、ぶっ飛んでるにしてもこの設定は首をかしげざるを得ない。

 

panayoyellow.hatenablog.com

 

「新設校が半年も経たずに資金難で廃校の危機」

これ自体は上に記した「大胆で大味な(悪く言えば雑な)設定」としてまだ許容出来る。

だが、そこまで雑な設定で動かした話が「廃校の危機」、これは許容出来ない。

つまり、「話を膨らませ魅力的にするための舞台装置としての強引な設定」は許容出来ても「過去2作の焼き直しをするための適当で雑な設定」は全く許容出来ないという事だ。

 

更に言えば、過去2作を抜きにしたとしてもこの廃校の下りは全く魅力的に思えない。

6話でサニパのパが「何かの為じゃないからと言ってスクールアイドルを続けちゃいけない訳じゃ無いし」と言っていたように、今いる4人は皆自分の為に活動をしているはずだ。(かのんなら歌う為だしクゥクゥは活動それ自体が目的だ)

それが7話で廃校の話がいきなり出てきて、そのために活動をしよう!となるのは、スクールアイドルとしての活動が目的から手段に成り下がっていてどうにも違和感というか不誠実に感じてしまう。

島の為に活動するサニーパッションと自分達の為に・好きだから活動するLiella!のどちらが上という事ではなく、スクールアイドルというのは平等に門戸を開いている物であるというのが本作のテーマの一つくらいに思っていたので、

(1話でのクゥクゥの「そんなことありません、スクールアイドルは誰だってナレマス!」の通り)

Liella!がこうして悲劇的な同情されるバックボーンを持ってしまったことは少なくとも自分にとっては非常に残念な事である。

 

 

過去作ネタの多様

2点目はサクサク進めて行く。

これはもうタイトルの通りだ。ウンコハットにしろ、しいたけ顔の犬に追いかけられるにしろ一々話を止めるせいで非常にテンポが悪いように感じた。

こちらもアニガサキの感想記事で

 

「シリーズでは恒例となっている中の人ネタや過去作のオマージュ、他媒体パロディに関しても「話の本筋やキャラクターの成り立ちには関与せず、分かる人には分かる、分からない人でも違和感無く話が進む」という大原則を当然の様に抑えており、本当に隙が見つからない。」

 

と書いたが、7話のそれは全く正反対の「物語の本筋やキャラクター形成に関与する上、非常に主張が強く知らない場合違和感が強い」物であり、端的に言ってしまえば「質の悪い薄ら寒い」内輪ネタになってしまっているのが非常に残念である。

 

 

すみれの扱いとクゥクゥのクソガキ化

公式のプロフィールにもある通り、すみれは「高飛車で勝ち気な所もあるが、根は人の悲しみが分かる優しい子」だ。

特に4~6話ではこの"人の悲しみが分かる優しい子"の部分が存分に描かれており、5話でのグッスリ眠るクゥクゥを見守るシーンや、6話での料理に失敗するクゥクゥの代わりを務めつつ「2人で作った」と手柄を分けるシーンで、私の中でのグソクゥ(すみれとクゥクゥの並び)はすっかり

「すみれの実力や優しい部分は認めているが、スクールアイドルを馬鹿にされた事には腹が立っているため素直になれないクゥクゥ」と、「そんなクゥクゥの心情を理解している精神的に大人で姉的存在のすみれ」

という構図になった。

しかしその一方で、7話は(無駄に多すぎる)ギャグシーンの被害を全てすみれが請け負っており、その上それが「すみれが大人だから成り立っている」ように感じられる点が非常に不愉快であった。

 

また、クゥクゥに関してもすみれとお互いにバチバチやり合う仲ではなく、クゥクゥが一方的に仕掛けそれをすみれが受け流す場面が多く、「喧嘩するほど仲が良い」というよりも「クゥクゥが一方的にすみれを嫌っている」ように見えてしまうのも良くないと感じた。

(意図して行っているのならそういう演出として特に問題は無いのだが、そうではないのに嫌っているように見えるというのが問題である。)

ただこれに関しては7話だけと言う訳でもなく、上述のクゥクゥの代わりに料理を作ったシーンにおいても、個人的にはクゥクゥにはふてくされながら「アリガトウ...ゴザイマス(小声)」と言ってほしかった訳だが...

全体的にキャラを雑に消費する、「担当回が終わったキャラは本筋に絡まないし適当にギャグシーンに絡めておくか」というラブライブ!の悪癖が非常に出ていると感じたので、この点は本当にどうにかしてほしい。5人になった事でキャラクターの扱いがスマートになると期待していたのだが...

 

 

 

6話まで(特に2.3.4話)は(一部ラブライブ!色が強かった物の)丁寧な作品であるという印象が強かった為、ここに来て一気に不安にはなっているが音楽科と普通科の対立という方向性についてはそれなりに惹かれる為、何とか綺麗に着地してくれたらなぁ...という所である。

 

 

ここ好き

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Tiny Stars、物語終盤に5人で歌う説

TVアニメ「ラブライブ!スーパースター!!」の第3話挿入歌シングル「Tiny Stars」はもう聴きましたか?

歌詞も曲も余りに良すぎて自分の琴線にぶっ刺さりまくった訳ですが、聴いていて一つ気になる点がありました。

 

それがこちら。

 

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ご存じの通り、Tiny Starsは可可の詞を元にかのんが作詞・作曲を、千砂都が振り付けを、(描写は無かったと思うが恐らく)衣装を可可が作成した2021年度ベストリリック賞・ベストミュージック賞の2冠間違い無しの超名曲だ。

 

スクールアイドルの魅力に取り憑かれ上海から日本へやってきた可可の憧れや夢。また幼い頃から人前で歌えず大好きな歌を諦めていたかのんの挫折と再起を書いた歌詞は、決して無条件に甘く優しい物では無く、むしろ悲壮感を伴った決意と言うか、長いトンネルの先にようやく薄明かりが見えてきた様な「夜明け」を感じさせる曲となっている。

 

そんな歌詞の中で一つ気になる点があった。

それが落ちサビのこの部分。

 

いつまでも一緒に 同じ夢見続けたいから
かたく手と手つないで行こう Tiny Stars

 

この部分、かのん→可可視点でも可可→かのん視点でも少し違和感が無いだろうか?

二人は出会ってまだ1.2ヶ月程度であり、むしろ「これから二人で頑張って行こう!」となっている訳で、ここで離別を歌っているとは少し考えにくい。

ではここは誰と誰ならしっくり来るだろうか。

 

そう、かのんと千砂都だ。

 

だが待ってほしい。

かのんは5話「パッションアイランド」で「今度はみんなとちぃちゃんの事とか書こうと思ったんだけど...」と言っている。

つまり、「Tiny Starsでは千砂都の事は書いていない」という事になる。

(そもそもTiny Starsの制作過程を考えても、かのんが突然自分と千砂都の事を書くというのはあまりに唐突と言うか、不義理が過ぎると言わざるを得ない。)

 

ここで出てくるのが「Tiny Stars、物語終盤に5人で歌う説」だ。

第3話でかのんと千砂都の事を歌ってないなら、もう一度、今度は5人で歌ってしまえばいい。

歌とダンスという違う道を進む事にしたかのんと千砂都が、今度はスクールアイドルとして同じ道を共に進もうと言う訳だ。

 

 

 

 

...まあ正直Tiny Starsはクーカーの始まりでもあり、アニメにおけるかのんと可可の関係性の到達点みたいな所もあるので「それをかのんが千砂都への想いを伝える手段とする訳無いだろ!」って感はあるけど、少なくとも3話時点でこのフレーズを抜き出して「かのんと千砂都の曲でもある」と言うのはあまりにも違うなと感じたのでこんな記事を書いてみた。

 

兎にも角にも、かのんが能力開眼ポーズをしながら書いた千砂都への曲は6話か7話辺りで聴けると思うので、それまでTiny Starsをヘビロテしながら待ちましょう。

 

 

スクールアイドルフェスティバル ALL STARSのメインストーリーなぜこんなにも不愉快なのか? ~同好会は怒らない~

"登場人物が全員人間エアプだから"

 

とにかくこれ、これに尽きる。

スクスタシナリオの問題点はそのほとんどがこれで説明できる。

 

※ こんなタイトルなので問題無いとは思いますが、自分はメインストーリーガチアンチ・栞子ガチアンチの為、不愉快な方はブラウザバックして下さい。

また、この記事はラブライブ! スクールアイドルフェスティバル ALL STARSのメインストーリーを読んだ人に向けた記事となっているため、未読の場合内容が掴めない場合があります。なお、メインストーリーを読む事は非推奨となっています。

※この記事に登場するキャラクターはテレビアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』に登場するキャラクターとは一切関係の無い別人という前提に基づいています。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、スクスタメインストーリーの問題点はとにかく「キャラクターの会話・心情・行動」がまっっっっっっったく一切欠片も共感出来ない点にある。

 いや共感出来ないだけならまだいい、理解すら出来ないのが本当に致命的だ。

 

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27章 第6話  近江姉妹の姉妹相談より

 

例えばこのワンシーン、「せつ菜を全校生徒の前で一方的に人格否定し生徒会長をやめさせた事」「私怨で生徒会の権力を行使して(!?)同好会を廃部にしようとした事」「そんなの」で片づける彼方の事を全く理解出来ない。

 

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27章 第7話 反撃開始です!より

 

(勝手に協力してんじゃねえぞ) 

100人中100人が思った事だろうが、なぜ部の人間が部ではなく同好会に頼る?

なぜ自分が活動を禁止していた相手に何食わぬ顔して協力を求められる?なぜそれに対する謝罪が無い?

なぜ活動を禁止され、学校外で練習を行う事を余儀なくされた元凶に対して協力出来る?

いずれも全く理解が出来ない。同好会を頼ろうとする栞子も、それを承諾する同好会メンバーも理解不能だ。

というかバカ八重歯はなんで2回も同好会潰そうとしてんだよ、こいつ何にも反省して無いじゃねえか。元敵で仲間になったキャラが身体を張ってランジュから同好会を守るのかと思ったら一緒になって潰しにかかるってなんだよそれ新しすぎんだろ。

 

 

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20章 第3話 交わらない想い 第9話 しずくの決意 より

 

なあエマ...?かすみ...?お前ら同好会が迫害された時本気で怒ってたよな?

俺はあれを見て「あぁ、この世界にもこれに対してちゃんと怒れる人間が存在してたんだな...」って安心してたんだよ。

それがなんだよこれは。

 

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27章 第7話 反撃開始です!より

 

(かわいそうなのは生徒会長を奪われたせつ菜と2度も潰されかけたお前ら同好会メンバーに決まってんだろ)

あんだけ怒ってたじゃねえかよ、目の前にいるのは迫害してた張本人やぞ。

「部外者とはお話したくありません!」じゃなかったのか...?目の前のバカはまだお前に謝ってすらないんだぞ...?

 

果林お前らもだよ。

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25章 第10話 私が!! で、いいの! より

ここふざけてるのか?お前ら同好会が不当に迫害されてる時さっさと部に乗り換えて自分達だけ活動しながら、その間部の同好会への行為を見て見ぬ振りしてたよな?

 

いや、100歩譲って部に移ったのは良いよ。それは共感は出来なくても理解は出来る。

同好会じゃ活動出来ないし、部の方が自分の実力を伸ばせそうで魅力的に映ったから移りました!は、まあ9人いる中にそういうキャラクターが1人2人いても良いと思う。果林なんかはストイックなキャラとして描かれてたしね、ちょっと薄情じゃないか?とは思うけど。

更に10000歩譲って部にいる間も同好会への迫害を無視してたのも...まあ、うん...。薄情過ぎるとは思うけど、部に入ったばっかで立場的に言いづらいとか、相手は理事長の娘だし怖くて言えなかったとかあると思う。

果林推しの人がこれ見てどう感じるか分かってるのか?とか、これ見て果林好きになると思うか?とか思う事はそりゃ沢山あるよ。でもまだ理解は出来るしごめんなさいで許される範疇だと思う。「我が身可愛さに言えなかったの、本当にごめんなさい!」でエモいスチルをバーン!でまあ終わりよければすべて良しだよね、一件落着!ってなると思う。

それが何だこれは。謝るどころか開き直ってんじゃねえか、あり得ないだろ。

まだごめんなさいで許される範疇とか言ってたら謝るどころか「何怒ってんだよ~^^」ってこれ本当に意味が分からない。こいつらマジでどういう思考してるの?そして何で周りはそれを指摘しないの?

 

特に、お前いい加減かすかす呼びすんのやめろよ。

ただでさえかすみは同好会を出て行った2人に特に怒ってた(過去形...)のに、それをわざわざ本人がずっと嫌がってる呼び方で絡みに行くの普通にイジメだろ?

そんなんだからお前サイコパスとか嫌いとかサジェストに出てくるんだぞ。

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※5/31 1:40現在のGoogleでのサジェスト

 

 "あなた"、おめえもだよ何ヘラヘラしてんだよ。

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23章 第6話 準備はみんなで!より

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26章 第3話 燃えてます!より

 

バカにしてんのか?

同好会は活動出来なくなって、メンバーは分裂して、その元凶共はのうのうと暮らしてるんやぞ、何が「乗り越えるのが楽しい」だよ。スイスからスクールアイドルやる為にはるばる日本にやってきたエマの事をほんの少しでも考えたらこんな舐めた発言は絶対に出来ないはずなんだよ。読み手と何より同好会のメンバーを馬鹿にするのも大概にしろよ。

 

いや別にランジュあなたの事をボロクソのボッコボコに叩くのは別に良いんだよ。

この脚本の代弁者サイコパス全肯定信者みたいなキャラなんかに欠片も魅力を感じないし、こんな奴に自分を重ねるなんて事もあり得ないからこのバカがどんだけボロクソに言われようが何とも思わない。

でも"あなた"自身は何か言えよ!何か行動しろよ!お前仮にもプロデューサーとかマネージャー的な立ち位置なんだろ?20章からの7ヶ月間お前は同好会の為に何をした?「ランジュちゃんとも仲良くなりたいよ~^^」じゃねえんだよ他にやることがいくらでもあんだろマジでさ。

(というかこいつの留学云々って何だったんだよ、7ヶ月あって一度もその設定活かされてないけど?)

 

こんなの共感とか理解とかそれ以前の話なんだよ。こんなのはキャラクターどころか人間として全く成り立ってないんだよ。

 

以前、アニメ「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」の感想記事で自分はこんなことを言いました。

 


 

それぞれが自分の問題と向き合い悩み、仲間やライバルの助けを借りてそれを解消したり受け入れたり共存したりしたわけだが、13話を通して常に「キャラクターが脚本の前」に置かれていたように思う。

2話で自分の求める「可愛い」を歩夢に押し付けてしまっている事に自分で気づくかすみ、5話でスクールアイドルに勧誘するよりも先に果林の「友達と食べ歩きをしたりして遊びたい」という願いを叶えるエマ、6話で皆に協力して貰いながらライブの準備をするが、それでも笑顔を出せない自分に絶望して部屋に籠ってしまう璃奈、9話でアウェイのステージに一人立つプレッシャーに飲まれて涙を流してしまう果林etcetc...

そのどれもが、「こういう話にしたいからこのキャラクターにはこういう事を言わせよう」ではなく、「この時このキャラクターならこういう事をするだろうから、こういう話にしよう」で描かれていたように思う。

 

 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会が数年振りにラブライブ!への熱を再燃させた話 より


 

スクスタメインストーリーにはこれが全く無い。どこを見てもキャラクター自身じゃなくて、脚本家の言葉をキャラクターの姿をしたお人形に喋らせてるとしか思えない。

別にストーリーで対立したり喧嘩したりすれ違ったり廃部の危機になったりそれ自体は何の問題も無いんだよ。

じゃあ何でスクスタのソレはダメなのか?それは偏に「被害者が怒らないから」に尽きる。

 

無茶苦茶な理由で生徒会長をリコールされても、同好会を潰されかけても、もう一度同好会を潰されかけても、ぽっと出の外国人にお前は要らんから早く消えろと言われても、幼馴染友人がそんな事を言われても、同好会を2度潰そうとした本人がヘラヘラしながらライブしたいから手伝えと言ってきても怒らない。怒ってたはずのエマかすみはいつの間にかヘラヘラしながら仲良くしてる。

こんなものストーリーになってない。

勧善懲悪所の騒ぎじゃない。俺の好きな同好会が団結して巨悪に打ち勝つ所か、虐げられながら尻尾降って靴舐めてるんやぞ。これで怒らなかったらそんなのファンじゃねえよ。

 

怒れ同好会。その拳で同好会を、人としての尊厳を、出番を、生徒会長を、奪われた全てを取り戻せ。

(~ここで影山ヒロノブのHEATSが流れる~)

ラブライブ!虹ヶ咲2話感想【中須後輩の長い夜】 | 大好きはもうかくさないブログ

 

 


※QAコーナー

Q.嫌なら見るな!ストーリーが好きな人もいるんだよ! 

A.お前マジでバカだろ?だったら勝手に新キャラ出すなよ勝手にキャラクターの設定消すなよ。少しは物を考えてから喋れや全肯定脳死信者がよ。

ゲーム外に影響出てる時点で嫌なら見るなはもう道理が通ってねえんだよ。

それを言うなら「嫌なら虹ヶ咲から離れろ」だろ、それなら道理も通るわ。アホか何でアニメが面白くて入って糞サ終同人大赤字ゲーのせいで出てかなきゃいけねえんだよ、出てくのはこのバカアプリだよボケ。

新キャラを出すな、出すならゲームから絶対に出てくんな。既存キャラの設定を勝手に付け足すな消すな。嫌だから見て無かったら好きなキャラのサジェストに「サイコパス」が出てくるようになってたコンテンツとかあり得ないだろ。それを守って初めて嫌なら見るなが言えるんだよ。

二度と訳わかんねえことほざくんじゃねえぞ、分かったかバカマヌケ能無し野郎が。

 

Q.なんか全体的にランジュ擁護気味じゃない?好きなの?

A.(好きではないし擁護もして)ないです。でも栞子に比べたらまだよっぽど好きの部類に入る。

1番の理由は「ランジュはせつ菜から生徒会長奪ってないから」

まああと、ランジュは栞子と違って「作中で悪役・敵として描かれてるから」って言うのも大きい。

栞子のバカは23章で左右月には謝らせておいて自分だけは一切謝らない所か歩夢に感謝させたり、「絶対に栞子を悪者にはしないぞ!」っていう雨野智晴による脚本バリアが本当に不愉快だし気持ち悪過ぎて無理。マジでいつまでお客様扱いなんだよこいつは。

 

虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会が数年振りにラブライブ!への熱を再燃させた話

少し昔話をしたい。

 

私は2013年に放送されたアニメ ラブライブ!1期でこのコンテンツを知り追い始めた人間だ。

あまりアニメを観ない自分がなぜこの作品を観ようと思ったのかはもう今となっては思い出せないが、「原作が漫画でもラノベでも無いが、どうやら前から展開されてたらしい謎の作品」という事でとりあえず録画だけしておくか位の気持ちだったような気もする。

多くの視聴者と同じように1話のススメ→トゥモロウで「は?」となり2話のスタダからの真姫ちゃんで今後の展開を楽しみにし、そして3話で落ちた。

 

衝撃的だった。

 

空っぽの講堂で「このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない、応援なんて全然もらえないかもしれない」と言う穂乃果に震えたし、この3話が無かったらきっとこのコンテンツにハマっていなかっただろう。

スタダ発売日に即購入し鬼のようにリピートした。通学中に延々とループ再生した。頭がおかしくなる位聞いた。再生回数が4桁になった曲は後にも先にもスタダ(3人ver)だけだと思う。

そこから、このコンテンツを追い始めた。

アニメ1期2期、3rdライブ4thライブ、にこりんぱなにのぞえりラジオガーデン、ニコ生特番...雪崩のように押し寄せてくる供給を大学生の有り余る時間を使って片っ端から享受した。アニメBDもライブBDもサイリウムなんて物も初めて買ったし、映画館でライブを見るなんて行為も初めてだった。

そして5thライブ、自分の記憶が正しければたしかμ's活動休止論が初めて世に出たのが5thのパンフレットでは無かっただろうか。記事の端っこの方に小さく「次回の6thライブがラストライブ」と乗ってて凄く困惑した覚えがある。私のラブライブ!への熱はそれを境に消えつつあった。

その後aqoursの活動開始、劇場版、紅白出場、そしてfinalライブ...2015年を通して消え続けたモチベはfinalライブの頃にはもう随分小さくなっておりLVで参加するかも悩む程だった。(結果的には参加したし、行って良かったとも思っているが)

 

その一方で、aqoursaqoursとして割とあっさり受け入れる事が出来た。

μ'sへのモチベが減っていた事で、返って素直にaqoursを応援しようとなったのかもしれないし、また個人的にえみつんファイトクラブやらことほのまきやらの中の人のニコ生特番がかなり好きだったので、活動初期に鬼のような頻度で行っていた(イメージのある)浦の星女学院生放送をメインコンテンツとして楽しく享受出来たのも大きい気がする。

(モチベーションが消えていたことで、結果的に原理になる事無くaqoursを応援出来たというのも皮肉な物ではあるが...)

 

そして待望のアニメサンシャイン1期、これも凄く良かった。

8話では千歌ちゃんの「なのに0だったんだよ!悔しいじゃん!差が凄いあるとか、昔とは違うとか、そんなのどうでもいい!悔しい!やっぱり私…悔しいんだよ…」で私をラブライブ!に引き込んだ無印3話を彷彿とさせつつも、穂乃果の圧倒的主人公像とは違う「普通の人間」としての主人公像を見せてくれたり、11話では留学騒動とのIFとも言える展開や2年生の関係性など、無印を強く意識しつつも「これはaqoursの物語なんだな」と思えてとても楽しく観る事が出来た。

......まあ12話と13話は正直「これ11話が最終話で良くないか...?」と思ったりもしたが...

 

 

余談だがサンシャインはここが1番好き、PCの壁紙にしてたから結構思い入れがあったりする。

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が、アニメ1期が最終話を迎え丁度就活が始まった辺りでまたモチベーションが転げ落ちていく。

翌年の1stライブにはLVで参加した物の2期や劇場版は1度も観ることなく、2nd以降のライブ、「ジングルベルがとまらない」以降の新曲も追わずにこうしてコンテンツから離れる事となった。

 

 

と昔話をして来たが、結局の所私は「無印1期から入ってサンシャイン1期後から徐々にフェードアウトしていった」人間である。

 決してaqoursが嫌いな訳では無いし、アニメやライブに文句があった訳でも無い。ただなんとなく熱が消えてしまった、そんな感じだ。

 

そして、そんな私がアニメ虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会を期に、ラブライブ!というコンテンツへの熱を取り戻しつつある。(と言ってもサブスクで楽曲を聴き返したり、昔観ていたニコ生を見返したりしている程度だが)

 

 

 

という訳でここからが本題。

アニメ虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会が無事に最終話を迎えたので、どうして再びこのコンテンツのアニメを観ようと思ったのか、どのような点が良かったのかを考えていこうと思う。

昔好きだった人間が再燃したという話なので、どうしても過去作と比較するような内容が多めになってしまうがその点はご了承頂きたい。

 

 

 

まず、無印・サンシャインのアニメとはどのようなものだっただろうか。

自分は「ツッコミ所や粗がある物の、ライブ感と勢いで押し切る作品」だと思っている。いわゆる加点評価だと点数が高くなる作品だ。

無印2期9話で突然雪中行軍始めたり、1期11話で突然ぶっ倒れたり、留学騒動も冷静に見れば留学直前にキャンセルするってなんだよってなるし「えぇ...(困惑)」となるものの、ススメBGMに穂乃果の「いつか、別の夢に向かうときが来るとしても・・・行かないで!」からの9人スタダでそういう細かい所は置いといて全部オッケーとなるパワーがある。

別にこれがダメという訳では無い。1期3話を始めこのアニメには自分をコンテンツに引き込む力強さが確かにあったし、そのような作品で無かったらアニメ終了後も追い続ける事は無かったと思う。

 

 ただ、これが1度離れた人間が再度観るとなると話が変わってくる。ライブ感と勢いの脚本を改めて冷静になって見返すと、なんだか物凄く恥ずかしくなるのだ。

 

では虹ヶ咲のアニメはどうだっただろうか。

自分は「10人それぞれが自分の問題に向き合い『この時このキャラクターならどうするか・何を考えるか』を台詞や演出で視聴者に提示する作品」だと感じた。

虹ヶ咲は1話~9話までが9人それぞれの個人回で、1話の中で各々が自分の問題と向き合い解決するオムニバス形式っぽい形を取っており、10話~13話でスクールアイドルフェスティバルというイベントを起点に侑と歩夢というこの作品のW主人公と呼べる二人の関係性の変化と成長を描いてきた。

それぞれが自分の問題と向き合い悩み、仲間やライバルの助けを借りてそれを解消したり受け入れたり共存したりしたわけだが、13話を通して常に「キャラクターが脚本の前」に置かれていたように思う。

2話で自分の求める「可愛い」を歩夢に押し付けてしまっている事に自分で気づくかすみ、5話でスクールアイドルに勧誘するよりも先に果林の「友達と食べ歩きをしたりして遊びたい」という願いを叶えるエマ、6話で皆に協力して貰いながらライブの準備をするが、それでも笑顔を出せない自分に絶望して部屋に籠ってしまう璃奈、9話でアウェイのステージに一人立つプレッシャーに飲まれて涙を流してしまう果林etcetc...

そのどれもが、「こういう話にしたいからこのキャラクターにはこういう事を言わせよう」ではなく、「この時このキャラクターならこういう事をするだろうから、こういう話にしよう」で描かれていたように思う。

そしてそれを20分というとても短い時間の中で台詞や表情背景や演出その全て駆使して視聴者に魅せてくれた作品だ。

 

7話でアルバイトをする彼方のシーン。冒頭のシーンでは綺麗に陳列されているトマトが、妹の遥がスクールアイドルを辞めると言った後のシーンではぐしゃぐしゃに陳列されており、遥が気がかりでアルバイトにも身が入らない彼方の心理状態が描写されている。

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無印サンシャインと虹ヶ咲の方向性は対照的とも言える物であり、どちらが良いかは個人の好みの問題だとは思うのだが、今の自分にとっては虹ヶ咲の丁寧な脚本・キャラクターの描き方の方が好感が持てた。

また、9人全員に個人回と新曲+MVというのも驚きだ。これまではOPED+MV付き挿入歌6曲がテンプレとなっていた訳だが、虹ヶ咲ではなんとOPED+MV付きソロ曲10曲+全体曲1曲という大盤振る舞いで関係者の方々には本当に頭が上がらない。MVの質の高さも驚きで、手書きとCGを並べてもこんなに違和感が無いものなのかと感動した。

シリーズでは恒例となっている中の人ネタや過去作のオマージュ、他媒体パロディに関しても「話の本筋やキャラクターの成り立ちには関与せず、分かる人には分かる、分からない人でも違和感無く話が進む」という大原則を当然の様に抑えており、本当に隙が見つからない。

話題となっていたキャラクターデザインの変更についても、個人的にはアニメサンシャインの扇型っぽくて(?)、線の濃い目があまり好みで無かったので肯定的だ。(サンシャインが扇型でアニガサキは台形っぽい...でなんとなく伝わるだろうか?自分は後者が好き。)ただここは本当に良い悪いでは無く好き嫌いの話なので、前の方が良かったという人間も当然居るとは思うが。

 

 

総評としては、シリーズ特有の大胆さや大味さ、ぶっ飛び具合を求めていた人には少し物足りない面があるかもしれないが、キャラクターそれぞれの抱える身近な問題を丁寧な心情描写と人間関係でMVという毎話設定されたゴールに持っていく作品であり、キャラクター・中の人・他媒体・過去作・新規視聴者層・既存視聴者層その全てに配慮された、月並みな表現をするなら「制作サイドの作品愛を感じる」良作だった。

 

自分と同じく「昔好きだったけど今は追ってないかな」という人や、コンテンツ自体に全く興味が無い人にラブライブ!という作品の一つとしてではなく、一アニメーション作品として観て貰いたいと胸を張って言える作品である。

 

 

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虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 第11話「みんなの夢、私の夢」から見る歩夢と侑とせつ菜

 

はじめに 

11話において重要な点が、歩夢-侑-せつ菜のトライアングル みんなの夢-私の夢 という二つの関係性が混在している事だと思っています。

これがちょっとややこしいというかよく分からなくなっていたのですが、とりあえず自分の中でそれっぽい結論を出せたのでつらつら書き殴って行こうかと。

(一個人の妄想記事) 

 

 

「優木せつ菜」という特別

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「自分の気持ちをあんなに真っ直ぐ伝えられるなんて スクールアイドルってなんて本当に凄い 私もあんな風に出来たらなんて素敵だろう って」

 

高咲侑にとって優木せつ菜が特別な存在というのは作品を通して再三描かれてきましたが、一方で上原歩夢にとっての優木せつ菜に関する描写はそう多くないように思えます。(歩夢が1話以降出番が多くない事にも起因していますが...)

では歩夢にとってせつ菜はどのような存在でしょうか?

 

私は、"歩夢にとってのせつ菜"は"侑にとってのせつ菜"以上に特別な存在だと考えています。

 

侑にとってせつ菜は自分とスクールアイドルを引き合わせてくれた存在であり、3話でラブライブ!なんかよりせつ菜の方が大事だ」とまで言い切った存在です。ただ侑はせつ菜個人というよりも、「スクールアイドルという存在」そのものに重きを置いています。(スクールアイドルフェスティバル という発想なんかもそうですね)

例えば、侑に「同好会の中で一番凄いスクールアイドルは誰か」と聞いたとき

「可愛さならかすみちゃんだしかっこよさなら果林さん...歌声なら...世界観なら...う~ん、ヒトリダケナンテエラベナイヨー!」

となるのではないでしょうか。

 

一方で歩夢にとってのせつ菜はどうでしょうか。

冒頭の台詞は1話の歩夢の物です。スクールアイドルと言う存在自体にときめいた侑と違い、歩夢は「自分の大好きを表現出来る事」が凄いと考えているように見えます。

極端な話「自分の大好きを真っ直ぐ伝えてる」と感じれば、スクールアイドルでなくても同じことを言ったのでは無いでしょうか。これは2話でかすみに同好会へ誘われた際の「(可愛いスクールアイドルを目指すなら)じゃあ入ろうかな...」という台詞からも見て取れます。

「スクールアイドル同好会」であれば無条件で入りたがった侑と違い、歩夢は「自分の大好き(=可愛い)を表現出来るから」加入しています。

侑にとってスクールアイドルは目的ですが、歩夢にとってのスクールアイドルとは自分の大好きを表現する手段という訳です。(というと歩夢があまりにも淡白というか利己主義な表現になってしまいますが、ニュアンス的な意味だと思って貰えれば...)

さて、そうなると歩夢にとってせつ菜はその自分の目的を最も体現出来ている人と言う事になる訳です。

上と同じ質問を歩夢にもした時、

「えー、うーん...せつ菜ちゃん...かなぁ?」と答えるのではないでしょうか。

 

そしてそうなると歩夢が「私がせつ菜ちゃんを凄いと思ってるのと同じ位、侑ちゃんにとってもせつ菜ちゃんは特別なはず...!」となってもおかしくない、そんな気がしませんか?

 

みんなの夢と私の夢

さて、歩夢-侑-せつ菜の関係性についてまとめた所でそれを前提に「みんなの夢」と「私の夢」について考えていきましょう。

まずそもそも私の夢・みんなの夢とは何でしょうか。

 ・私の夢 = スクールアイドル上原歩夢が自分の大好きを表現出来る事 

 ・みんなの夢 = スクールアイドルを好きな人みんなが楽しめる事

で概ね間違いないかと思います。

では11話の「私の夢を一緒に見てくれるって...ずっと隣に居てくれるって言ったじゃない...!!」とはどのような意味合いの言葉なのでしょうか。

これは決して侑が誰にでもときめく浮気性だから出た発言では無く、前述したせつ菜との関係性が絡んできます。

 

歩夢にとってせつ菜は憧れや目標...とは違うかもしれませんが、決して対等な立場では無く自分では叶わない"特別"な相手です。

それはどのくらい特別かと言うと、それこそ十年来の親友である高咲侑の中で自分より大事な存在になる(かもしれない)位には特別な訳です。

侑がどれだけ他の同好会のメンバーにときめいても、それでも歩夢は「侑ちゃんの一番は私だから」という自信がありました。だからかすみが侑に抱き着いても、侑がエマに抱き着いても11話のようにはならない。

(それはそれとして、愛が重たくはあるので嫉妬したりはするのですが...)

 

ただそんな中、いつの間にか侑は「私の夢」ではなく「みんなの夢」を応援するようになり、終いには自分を差し置いてせつ菜と侑の2人だけで行動するようになります。

もし合宿の夜に見かけたのが、スクフェスの為に二人で作戦会議しているのがせつ菜で無かったら...きっと歩夢もここまで不安にはならなかったでしょう。

 

「どうしてかすみちゃんには教えたの...?」

「え?こうこうこういう理由で」

「そういう事ならもっと早く言ってよ~心配しちゃったじゃん!」

 

位で済んでた可能性もあります。

でも相手は"特別"なせつ菜なんです。「侑ちゃんの一番はもう私じゃなくてせつ菜ちゃんなんだ...」と思っても仕方のない話です。そしてこうなると「私の夢」がいつの間にか「みんなの夢」に変わってしまっていたことも大きな意味を持ちます。

つまり、「高咲侑にとって上原歩夢は最早特別な存在では無く、一スクールアイドルでしかない」という勘違いが生まれる訳です。

 

こう見ると「私の夢を一緒に見てくれるって...ずっと隣に居てくれるって言ったじゃない...!!」も重たい女の子の重たい台詞、という以上にしっくり来るのではないでしょうか。

 

 

まとめ

 歩夢にとってせつ菜は凄くて特別な人

→「侑ちゃんの中の一番はもう私じゃなくてせつ菜ちゃんなのかも...」という勘違い

→「私の夢を一緒に見てくれるって...ずっと隣に居てくれるって言ったじゃない...!!」に繋がる

 

大丈夫だ歩夢ちゃん...侑ちゃんの一番はいつでも歩夢ちゃんだから...!!

頑張れ歩夢ちゃん、それはそうとして可愛いぞせつ菜ちゃん、シングル3弾もめちゃくちゃ楽しみだぞしずくちゃん

 

12話、期待して待つぜ。

虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 第8話「しずく、モノクローム」の感想 ~この回を百合だなんだと言う奴は目を覚ませ~

 

ストーリー

校内での知名度も上がり、新聞部から取材を受けることになったスクールアイドル同好会。
盛り上がる中、演劇祭の主役を降ろされてしまうしずく。そのことを隠すように、いつも通りに振舞って演じていた。かすみと璃奈はクラスメイトから、しずくが主役を降ろされたことを聞くと、元気づけようとしずくを連れ出す。しかし、そんな2人にも自分を演じて偽ってしまう。作り笑顔で去っていくしずくだったが、自分をさらけ出せない自分が受け入れられず、更に塞ぎ込んでしまう。
 
 
 
5,6,7話とハードルを上げては飛び越え続け、遂にはモンテ・ローザ級(標高4634m)にまで上がってしまったハードルを前に「しずく回予告もシリアスな感じだし演劇部部長も出てるし一体どうなっちゃうの...?」と戦々恐々しながら1週間待った方々も多いのでは。
(中の人や作曲の方までハードルを上げてくるからもうどうなってしまうんだ...!?と思った)
 
 
 
さてそんな8話、古来より「1年生回にハズレ無し」との格言もありますが虹ヶ咲の1年生回は一体...?
 
 
 
 

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開幕から劇、この黒しずくと白しずくの在り方が今回のテーマですね。視覚的にもとても分かりやすい。

(サンシャイン1期13話...?なんのこったよ(すっとぼけ))

 
 

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新聞部からインタビューを受ける同好会の面々。厄介オタクと化している侑ちゃんは置いといて、目指しているスクールアイドル像で「皆の思う理想のスクールアイドルを演じ切りたい」って答えてるの中々凄いですね。今この瞬間も理想のアイドルを演じているんですってハッキリ言ってしまっていいのかと。
 
まあしずくちゃんは女優を目指していて、スクールアイドルはその表現の幅を広げる為にやっているので「演じる」という行為に主軸を置くというのは当然と言えば当然な事なんですけどね。(スクールアイドルが女優をするのではなく、女優がスクールアイドル役を演じるというスタンス)
 
 

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次回予告にも出てきたオタクが「やべえよやべえよ...物凄い...朝飯食ったから...(小声)」となったシーン。
自分もてっきり、舞台が近づく中兼部のせいで稽古に集中出来なかったり台詞覚えてなかったりなしずくに「同好会か演劇部どちらか選べ!」みたいな話になると思ってたんですが、 実際はそんな事は無く「この役は素をさらけ出す演技が必要なんだけど、イマイチ出来てないから主役降りて欲しい」みたいな話でした。いやまあこう書くとちょっとキツいというかそれ酷くない?みたいになるんですが、意外と観てる時はそんな違和感無かったですね。部長が"スクールアイドル桜坂しずく"を受け入れていたからかもしれません。でも部しずはNG
 
 

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主役を降ろされてしまったしずく。同好会の皆にはそれを言わずにいるのですが、しずくの様子がおかしい事にかすみだけは気付きます。
ここ、ここ大事です。しずかすが大好きで百合が大好きなオタクの皆さんはここでたっぷりしずかす要素を摂取して下さいね。
ここでかすみだけが気付いたのは「しずくを1番気にかけているのはかすみだから」に他ならないです。まあ二人の間にあるのは百合ではなく友情な訳ですが、そういう勘違いをしたくなるのも致し方無しだと思います。しずくとかすみの関係が友情ではなく愛情だった場合は、冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します。
 
 

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しずくの様子にはりなりーも気づいていなかった模様。
 
ここで安易に「璃奈ちゃんボード 「ハテナ?」」みたいなことをしないのが丁寧で凄く良いですよね。「とりあえず語尾に付けといて特徴付けたろw」みたいにならない点が本当にとてもいいです。シャイニーカラーズで高山Pが霧子の「さん付け」について話しているときにも同じような事を思いましたが、単に「そういう設定」で終わるのではなく、「このキャラクターはどんな意図でそれを行っているか」がキチンと考えられている(=写実性が高い)のが凄く好感持てます。これが「脚本」であり「成長」なんですよね。
 
さて、ここで6話にも登場した色葉・今日子・浅希のいろは歌3人衆から「しずくが主役を降ろされてしまったらしい」事、「主役を決める再オーディションがあるらしい」事を伝えられる1年生ズ。
 

 

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璃奈ちゃんボード「拘束」によって気分転換のお出かけに(無理やり)連れて行くりなかすコンビ。りなりーが可愛くてつい忘れがちですが、璃奈ちゃんボードは素顔で表現出来ない物を表現する物なので、この可愛いばたんきゅ〜顔はしずくの今の本心である事を2人がちゃんと分かっている点も重要ですね。
(作者の人そこまで考えてないと思う?うるせえな、オタクは勝手に深読みして気持ちよくなってナンボやろがい)
 
 

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パンケーキ食べたりショッピングしたり散歩中の犬に触らせてもらったりと、放課後を満喫する3人。ここらへんは令和のお台場の女子高生って感じがしますね、令和のお台場の女子高生がどんなものなのかはちょっと分かりませんが。

1話にもこんな感じのシーンが出てきますが、こういう何気ない1日みたいなのは良いですね。凄く大事だと思います。

 

 

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りなりーに「演劇を始めたのは嫌な自分を隠すため」という事をポロっと打ち明けてしまうしずく。ここは6話のりなりーに同じ物を感じたからなのか、それとも聞き上手のりなりーだからふと話し過ぎてしまったのか。
(どちらにせよここは凄くファインプレーですよね。このつい漏らしてしまった本音はりなりーだから引き出せた物であって、少なくともかすみではこのタイミングで引き出す事は出来なかったのではないでしょうか。)
 
そこへかすみも乱入して、「今日は楽しく遊んで嫌な事は忘れて、また明日から頑張って主役取り返そう!」と応援します。
かすみは現在しずくが単に「実力不足で主役を降ろされて落ち込んでる」と思っているので元気付けようとしている訳ですが、その前提が間違っている訳ですからここでは逆効果となってしまいます。
(主役を取り返す=素の自分をさらけ出す になるため、それが出来ない自分ではどれだけ頑張っても主役を取り返す事は出来ない)
 
 

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素の自分を隠して「ありがとう、でも大丈夫 私は平気だから」と答えるしずく。
「用事があるから今日は帰るね」とその場を去ってしまいます。
 
 

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「出来ないよ...さらけ出すなんて...」「嫌い、こんな私...」
ここですここ。
8話のテーマはこの「自分が嫌いで本当の自分を隠していた女の子が、本当の自分を表現できるようになる」これに尽きます。
 この「本当の自分を表現する」というテーマはご存知の通り、1話での歩夢・3話でのせつ菜・5話での果林・6話での璃奈とこれまでも繰り返し提示されてきたテーマであり、ひいては「ソロアイドルとして一人一人が自身の魅力を発信する」虹ヶ咲全体にとっても非常に重要なテーマとなります。特に今回の「自分が嫌いで本当の自分を出すことが出来ない」というのは現代日本においてはあまりにも身近過ぎるテーマであり、多くの人間が共感出来る物では無いでしょうか。
 
 それはさておき前田佳織里さんの、このこみあげてきた本音を吐き出すような演技が本当に素晴らしくて良いですよね...本当につい口に出てしまった言葉なんだろうな...ってのが伝わってきます。
 
 

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翌日、お昼に誘う物の「演劇の自主練があるから」と断られてしまうかすみ。
元気な振りをしているだけの事は二人にも気付かれてしまっており、本音を見せてくれない頑固なしずくにかすみはどうすれば良いのか悩みます。
 
 

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そんなしずくの気持ちを一番理解出来るのは、しずくと同じように「自分が嫌」だった璃奈。

 

「私の時は、愛さんがグイって引っ張ってくれた」「私には愛さんがいた」

しずくちゃんには...?」

璃奈はしずくに共感して寄り添う事は出来るんです、似た者同士ですから。話を聞いて一緒に涙を流す事は出来る。
でも璃奈にはしずくの手を引っ張ってあげる事は出来ないんです、似た者同士ですから。これが出来るのはかすみなんです。
 
 

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笑顔で見送るりなりー。
「自分にとっての愛さん」が「しずくにとってのかすみ」であることを分かっているから笑顔で送り出せるんですね、愛さんが私を引っ張ってくれたようにかすみならしずくを引っ張ってあげる事が出来ると信じている。これを友情と呼ばずに何と呼ぶのか私は知りません。この「一人が転んだら一人が支えて一人が引っ張る」という1年生の関係性は本当に良いですね。孔子も「1年生回にハズレ無し」と言う訳です。
 
 

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教室で独りふさぎ込むしずくを発見するかすみ。ただそんなかすみにも「ごめんね心配かけて、私は本当に大丈夫だから」と演技をしてしまうしずく。
 
 

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そんなしずくに「そんな顔で必死に隠そうとしないでよ!私としず子の仲でしょ!!」と詰め寄るかすみ。一人称の「かすみん」を付け忘れる位全力になるかすみの前に、ついにしずくは本音を打ち明けます。
 
「人から違うなって思われることが怖くなって...」「だから演技を始めたの みんなに好かれる、良い子の振りを」「私...やっぱり自分をさらけ出せない...」「それが役者にもスクールアイドルにも必要なら...私はどっちにもなれないよ!!」「嫌われるのは...怖いよ...!!」
 
初めてかすみに見せた本音。人に嫌われるのが怖い、嫌われないように人の目を気にして良い子の振りをする そんな臆病な自分が嫌い。
 
 

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なにちょろいこと言ってんだ!!」
 
 

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からのデコピン。
 
「嫌われるかもしれないからなんだ!」「もしかしたら、しず子のこと好きじゃないっていう人もいるかもしれないけど...」「私は!桜坂しずくのこと大好きだから!!」
 
かすみは決して他人を意に介さず我が道を突き進める鋼メンタルの持ち主ではありません。彼女もしずくと同じように人に嫌われる事が怖かったり、人と自分を比べて落ち込んだり迷ったりします。当然です、人間ですから。
 
でもその上で、彼女は例え世界中から否定されても自分だけは自分を信じてあげようと決めました、それが今の中須かすみなのです。
 
この世界中の全員が No だって言ったって
私は私を信じていたい
~(中略)~
もう絶対めげない 負けないって決めたの
不安も吹き飛ばしてこう
前向いて I'm a Super Perfect Believer
Let's go! 無敵級*ビリーバー
                         中須かすみ(相良茉優)『無敵級*ビリーバー』
 
 それを今度は、「誰が貴方の事を嫌おうが、"私が"貴方の事を好きだから大丈夫だ」と自分の大切な友人に言ったんです。
1人でも自分を信じて好きでいてくれる人がいれば進める事を知っているから。
だから、貴方が自分の事を好きになってあげられないなら、私が貴方の代わりに貴方を好きでいる。
 
これが言えるのはかすみだけなんです。他の誰にも言えない。だから璃奈は笑顔でかすみを見送ったんです。
しずかすがどうとか、百合がどうとか、そんな事は一切全く欠片も関係無いんです。
「かすみだから言えた」「しずくにだから言えた」それだけなんです。それが全てで、それでいいんです。
 
しずかす、分かります。好きですよ凄く好きです、1年生ペアはやっぱりいいですよね。
かなしず、分かります。にじよんのアレ大好きです。お姉さんと年の離れた妹って感じで可愛いですよね。
ぽむかす、とてもとても分かります。ニコニコ笑顔の歩夢にタジタジのかすみんも、頑張り過ぎちゃう歩夢を心配するかすみも大好きです。
 
せつかすでもかすりなでも全部分かるよ、分かる。本当に分かるんだけど、でもこれはしずかすじゃない、それは絶対に違う。
中須かすみと桜坂しずくなんですよ、それ以上でもそれ以下でもない。中須かすみと桜坂しずくという2人の人間だけがこの宇宙上に存在する、そういう事なんです。
 
 

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さて話を戻して、かすみから熱い声援とデコピンを受けたしずく。
もうその目に迷いは有りません。
 
 

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8話MV「Solitude rain」
 
 ピアノメインのイントロと口上が特徴的な8話挿入歌、どことなくスピカテリブルを思い出させるのは自分だけでしょうか。
しずく曲では初めてギターがバリバリ使われており、ピアノと相まって既存の「理想のヒロインを演じる桜坂しずく」や、「女優という物に対する内に秘めた強い思い」ではなく、「自分の殻を破って本当の自分を見せる事」と「そこに至るまでの苦悩」を表現した曲になっていたのではないかと思います。
(音楽に関して本当に全く知識が無いので、ここらへん有識者に詳しく教えて頂きたい)
 
個人的にしずく曲は癖が強くあまり刺さらないイメージがあったので(2nd曲は好き)、今回の曲もどうだろうかと思っていたのですが、8話自体が良かったのもあってか、かなり刺さりました。
 
 

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「本当の私を、見てください!」
公演後のインタビューでそう答えたしずく。冒頭に「皆の思う理想のスクールアイドルを演じる」と言っていたしずくは、無事に自分の殻を破って『本当の自分』を人に見せる事が出来るようになったのであった。
 
 
 
 
さて、8話ですが本当にもう一切文句の付け所の無い回で、私をニジガクに引き寄せた2話をも超える良回でした。
璃奈ちゃんボードの使い方や部長の立ち位置、無印1期8話のリスペクトやMVの1枚絵等、とにかくすべてが丁寧で全方向への愛をヒシヒシと感じます。(これは8話に限らず1話からずっと続く物ですが)
 
次回は第9話、『「仲間」で「ライバル」』を背負った果林さん回がどんな話になるのか全く想像出来ませんが、楽しみに待つとします。
 
それでは。
 
 

好きな歌詞をただ乗っけて話していくだけのやつ

みんな歌詞ツイは好きかな、私は好き。

でも人に見せたい訳じゃなくて、自分で「ここの歌詞やっぱ好きだわ...」ってなりたいだけなので、別に歌詞ツイである必要は無いことに気付いた。

 

だったら後から自分で見返せるほうが良いなと思ったので、ただひたすら好きな歌詞を乗っけて一言語るだけの記事。

好きな歌詞と好きな曲はニアリーイコールだと思ってるので、好きな曲の好きな部分を乗っけるだけ とも言えるかもしれない。

好きな歌詞って言ってるけど、PVとかアニメの映像とかそういうの諸々含めた上でなので、歌詞力で言えばそこまでってのもあるかも(無いかも)。

 

 

 

NICO Touches the Walls 『ホログラム』
真っ直ぐな光が 散らばって
雨上がりの午後に 束になって降り注ぐ
 
1番好きな曲はなんですか と聞かれたときまず候補に出るのがこの曲。
 ギターとドラムをバリバリ鳴らしながらCメロで溜めて溜めてラスサビで解放する感じが、ザ・ジャパニーズポップ(ロック?)って感じですごく好き。
 
鈍色の雲の合間から漏れ出す太陽が水たまりに反射する様と、その中を傘を片手に歩く小学生の自分。そんな情景が目に浮かんで来る詞。
 
YUI 『SUMMER SONG』
ヘコむ毎日 取り戻す日々 君に会って 笑いあって
"真っ赤なブルーだ"
 
真っ赤なブルーという表現が、夏の太陽と青一色の海,青春の熱量みたいな物を感じさせてくれるので好き。
あんまり関係無いけど、YUIはSUMMER SONGの辺りが1番可愛いと思う。好き。 
 
米津玄氏 『ピースサイン
いつか僕らの上をスレスレに
通り過ぎていったあの飛行機を
不思議なくらいに憶えてる
意味もないのに なぜか

 

にわか臭いのは認める。認めるけどこの詞は良い。

 

青空と草原と遠くに見える山々と、朽ちたコロッセオみたいな、モンハンの塔(ヤマツカミが出る方)みたいなのが建ってて、自分はその傍に立ってて。

そしたらその塔に隠れてた白い飛行機が真上を飛んできて、自分はその影の中に立ってて、遠くの山々に吸い込まれていくように去ってくそれを目で追いかける...

 

みたいな夢を昔見たことがある気がする、実際には無いんだけど。そんな気になる。

「意味もないのに なぜか」の投げやりな感じというか、つぶやく感じも良いよね。

 

UNISON SQUARE GARDEN 『場違いハミングバード
ああ迷子のため息.com ともすれば皮肉のるつぼ
でもそれがあるから ほら反動が半端じゃない
 
ニゾンの「意味は良く分かんないけど語感がめちゃくちゃ良くて好き」シリーズ。
迷子のため息.com って全然意味わかんないけど、凄いしっくりくるじゃん?
 
オリオンをなぞる とか 誰かが忘れているかもしれない僕らに大事な001のこと とかもだけど、ユニゾンはこういう「思いついた気持ちいいフレーズ使いました」みたいな曲が好き。
逆に未完成デイジーみたいのが個人的にはそんなに...ってなる。 
 
Linked Horizon 『紅蓮の弓矢』
暗愚の想定 …唯の幻影 …今は無謀な勇気も…
『自由』の尖兵 …賭けの攻勢 奔る奴隷に勝利を!
 
奔る奴隷 ってフレーズの泥臭さと疾走感との共存が非常に心地良い。
「はしる」って 走る・奔る・疾走る・駆走る みたいに結構色んな書き方があって面白いよね、個人的にはシンプルに 奔る が好き。
 
ZAQ 『Serendipity
交わる 踏み外す 変わりだす
未来が手招いてるよ 乗り遅れないで
 
名詞とか動詞とかをポンポンポンと横に並べる詞が結構好き。
(千手皎天汰炮の詠唱とかカッコいい)
この部分は特にテンポよく駆け抜けてて爽快感が凄いし、ライブ映えしそう。
 
アルストロメリア 『Bloomy!』
風が連れてくるよ カルペディエム
胸を張ってゆこう

 

カルペディエム」はラテン語で「その日を摘め」の意で、「今を大事に生きよう」みたいな、メメント・モリをポジティブに表現したもの みたいなイメージで認識しているが、それを「風が連れてくる」という表現がすごく好き。

 

アルストロメリア にしろ bloomy にしろ(カルペディエムにしても「綺麗な花はその日の内に摘め」の意味で「その日を摘め」なのでこれも)花に結び付く言葉だが、それを風でまとめるのが綺麗だなぁってなる。

 
シャイニーカラーズ 『シャイノグラフィ』
誰のでもない 瞬間を 新しく記してこう
光空記録(My shinography)
 
とにかく「光空記録」のセンス、それに尽きる。
 
shinography という造語自体は凄く綺麗だけど理解できる。
shine + graphy で輝く様を記録した物、2年間のアーカイブみたいなイメージだと思うし、そうすると「記録」の部分は非常に良く分かる。
ただshineを光空で表現するセンスが尋常じゃない。shineじゃん、四字熟語にするにしたって「輝」を使いたくない?「輝跡記録」とかにしたくならない?
でも「光空記録」なんだよなぁ... 字面の柔らかさとか光る空って詞の「らしさ」がすごいよね、ほんと。
 
好きな歌詞とは違うけど、まだ上昇中の Gradation days のとこ段々音が上がってくのがスゴイ好き。
Bメロでサビに合わせて段々上がってくのはよくあるけど、サビに入ってからぐんぐん上がってくの最初聴いた時ほえ~ってなった。
 
そして僕らはシャニマスに再び出会った~シャイノグラフィ編~|ティアガ|note
 
 μ's 『START:DASH!!
悲しみに閉ざされて
泣くだけじゃつまらない
 
最近ラ!楽曲久しぶりに聴き返してるから多分こっから続きます。
spotifyに全曲あるのが凄い)
 
そもそもスタダってスタートダッシュって言ってるけど、「敗北からのスタート」だから歌詞も「一度挫折した上で、"もう一度"始める」って内容なんだよね。
だから「泣かないで」とか「笑顔でいよう」とかじゃなくて「泣くだけの君じゃない」だし「泣くだけじゃつまらない」なのよ。
涙を流したうえで、「そのままじゃつまらない」(からもう一度始めよう)になるのが学生・青春だなぁって。
善悪とか好き嫌いとかじゃなくて、楽しい/つまらない なのがいいよね、だって楽しそうだからやってるんだもん。
 
「雨上がりの気分で 高まる期待のなか」も好きで、決して雨が上がった訳じゃないんだよ。
まだ雨は降ってるのに、上がった時を想うだけでワクワクして期待が溢れるというか、雨が上がる前から雨に降られた事も後から見れば笑い話の良い思い出になるよっていうのがね。わざわざ「雨上がりの"気分"で」 って足すのが凄いなぁって。
 
μ's 『Dancing stars on me!
裸足で青春を旅しよう 胸がはずむ旅を
 
よく分からない比喩なんだけど、なんか凄い良く分かる詞。
 
青春を旅するのも、それを裸足でするのもよく分からないんだけど、でもなんか分かるじゃん。
無鉄砲にというか、無邪気にというか、ビーチサンダルを脱いで海に突っ込むみたいな、「ただ楽しむ為に楽しもう」みたいなのを「裸足で」で表現するのもそうだけど、
いわゆる「青春を謳歌する」を「青春を旅しよう」にするのが本当凄い。
 
放クラのビーチブレイバーもそうだけど、「青春の全能感」を表現した詞が好きなんだなと気付いた、自分に足りない物を求めてるのかもしれない。
いや、裸足で青春を旅した人間や、一生で何度かありそうな一歩を踏み出した人間がそんなにいるとは思わないけど。
 
 Aqours 『ユメ語るよりユメ歌おう
ユメを語る言葉より ユメを語る歌にしよう
それならば今を 伝えられる気がするから
 
伝えられる気が "するから" っていうのがなんかこう凄くいい。
今自分が持ってるワクワクや希望を歌でなら君に届けられるんじゃないか っていうのが希望に溢れてるというか、根拠は何も無いけど出来る気がする!って感じが熱いよね。
 
中須かすみ(相良茉優) 『無敵級*ビリーバー』
長い夜明けて 朝目が覚めたら
新しい私に 出会えるはず
今日より明日の 自分のこともっと
大好きになって いたいんだ

 

たくさんの困難があって挫折があって、「でもこれを乗り越えた先には自分の望むモノがあるはず、だから諦めないんだ。」って自分と、「本当にあるのかな、あったとしても乗り越えられるのかな」って自分とのせめぎ合いの曲なんだよね。

不安なんだよ、だから 出会える"はず" なんだよ、自分を肯定する自分になりたいから 大好きになって"いたい" なんだよ。

これはフィクションだけど、でもこの歌は1人の女の子の歌なんだよ。

自分に出来るのか、自分は正しいのか分からなくて不安で不安で仕方ないけど、でも新しい自分になりたいから、自分を信じてあげられる自分になりたいからがんばるんだよ。そんなの応援したくなるでしょ、なるに決まってるじゃん。

 

そういうこと。

 

 


 

今後気が向いたらこの下にぼちぼち追加していきます。

みんなも歌詞ツイ・ブログして積極的に自己を顕示しよう!